借金で苦しんだ経験を活かし本業の合間で自らの体験談をもとにした記事を執筆しています。
アセットマン
今回は私が借金に苦しむことなった理由や債務整理から逆転人生になるまでを体験談として包み隠さず記事にしていきたいと思います。
長編となりますが、私の体験談が借金で悩む方の参考になれば幸いです。
アセット君
アセットマンは20代で借金が600万になって返済に苦しみ30代で自己破産を決意。
自己破産したことで気持ち的にどん底まで落ちたが、そこから仕事を頑張りまくり40代前半で上場企業の経営者にまで上り詰める。
自己破産から5年間はクレジットカードを作らず現金中心になるが収入が増えた事で、お金に困ることは無く現在は家族と共に幸せに暮らす。
アセットマンの逆転人生を記事にした体験談(実話)です。
借金問題に悩む方の参考になると思います!
ぜひ最後までご覧ください。
エピソード1 20代で借金総額600万
借金するようになった原因
私は大学に進学せず高卒でフリーターを続けていましたが、20代前半からアパレル関連の企業で正社員として働き始めました。
入社後半年ほどで最年少の店長となり社長や上司からの期待に応えたいと若さもありましたが休み返上でがむしゃらに働いて、他の店舗よりも売上を上げていました。
結果をだしていたので3年目からは各店舗を統括するような立場となり部下も増え収入も増え仕事は大変でしたが充実した日々を過ごしていました。
その当時手取りで40万(額面50万)ほど給料をもらっていたこともあり立場もあったので部下やバイトに対して、ご飯に連れていき毎回奢っていました。
気の合うスタッフとはよく飲みにも行っていてけっこうなお金を使っていましたね。
地元が田舎で職場も地方都市だったので車は必要だったのでよく中古車を買って乗ってました。
見栄を張って外車(ドイツ車)BMWなどを買っていましたが燃費も悪く故障も多く維持費にけっこうなお金を使っていました。
お金を使う時は現金ではなく人に奢ったりする時はクレジットカードで支払い、車や高額な物を購入する時はローンを組んでいました。
毎月の手取りが40万で家賃が7万、水道光熱費入が2万で携帯やらなんやらで15万ほどが生活費でしたが、ローンやクレジットの支払いが20万〜25万ほどあり支払いがきつい時はクレジットカードの支払いをリボ払いに変更したりとやり繰りをやっていましたが、これが問題でした。
現金が足りなくなり手を出してしまったのが消費者金融でした。無人機で契約からカード発行、借入ができる手軽さで最初のカード枠50万を2ヶ月足らずで使ってしまい、また次の消費者金融に出向きカードを作っていました。
当時の年収が600万ぐらいあったので、大手の消費者金融はどこもあっさりと審査を通してくれて、魔法のカードを量産し借入を繰り返すようになり完全に麻痺っていたと思います。
当時を振り返って思う問題点
借金が増えている中で、「仕事頑張って収入あげていけば何とかなると甘く考えていた」のも借金する事への問題意識の低さに繋がったと振り返ってみて思います。
また、18歳からハマっていたギャンブル(パチスロ)も借金が増えた原因でもあります。
- お金に対する価値観や捉え方が甘かった。
- 仕事で収入上げれば何とかなると思っていた。
- 消費者金融のカードを使い過ぎた。
- ギャンブルにハマっていた。
順調だった仕事がまさかのどん底へ
借金は増えていましたが仕事の方はそれなりに順調だったのでお金のことは後回しとなっていましたが、ある時期から仕事が上手くいかなくなり管轄している店舗の業績が悪くなり現場の社員やバイトが辞めたり問題を起こしたりと当時統括している責任者として、上手くいかないことへの苛立ちや悔しさで、目の前のことすら全く出来なくなっていました。
管轄の店舗の業績も悪化していたので当時の上司から管轄を外される指示をうけたので、事実上の降格となった私は1店舗の店長からやり直すことになり、月給も一気に手取りで15万近く下がり手取りで40万程あった収入が25万ぐらいまで下がったことで支払いがよりキツい状況に陥ってしまいどん底まで落ちたような感覚でした。
その時に自分がお金や仕事に対する考え方を変え切れば良かったんですが、単に自分の力不足で仕事の結果が出せず降格や減給となっていましたが、当時の自分は全てに他責な考え方しかできずお金の余裕も無いことから心が狭くなり周りの先輩や上司のアドバイスに聞く耳を持ち切れず会社を辞める選択肢を考え始めていました。
降格減給から半年経った時に、毎月の支払いは全く足りず消費者金融で足りない分を借りては返済する状況になっていたので、このままでは自分は駄目になると思ってしまい当時働いていた会社を辞める決断をしました。
転職先を探しながら、失業保険をもらってましたが厳しい状況だったのだ転職先に入社するまでに車を売却し一人暮らしを辞めて実家に戻りました。
転職先で自分の価値観を変える人と出会う。
転職先に選んだのは営業系の会社で営業実績に応じて歩合もある給料方式だったので、頑張れば稼げると思い特に業界などは決めずに手当たり次第に面接を受けました。
いくつか内定をもらっていて最後の面接だと思って面接に行った会社で対応してもらった面接官がその後自分の上司となる人との出会いでしたね。
入社して面接を対応してもらった方が直接の上司となり営業のキャリアをスタートしました。
その上司は営業の神的な方で誰よりも契約を取ってくるのは当たり前で責任者として部下や後輩に厳しくも色々なことを教えてくれる方でこの人について行こうと思い営業の仕事をがむしゃらに頑張りました。
転職先は歩合が取らないと手取りで24万ぐらいだったので生活できるかどうかギリギリというのもありやるしか無いとひたすら営業して何とか毎月歩合も含めて手取りで35万〜40万ぐらいにまでもらえるようになっていきました。
仕事で結果が出せたのもその上司がいたからだと今でも感謝しており仕事で成長して行くための考え方や営業として結果を出すマインドやスキルを本当に色々と気づきや教えをもらいました。
※当時の借金総額約500万
エピソード2 結婚そして、人生最大の大きな決断
転職先の会社でそれなりに評価されるようになり仕事へのモチベーションも高まり出したので全てが良い方向に向かい始めていました。
ですが、相変わらずお金の使い方を変えることができず、手元にお金がある分ギャンブルしたり人に奢ったりして、足りなければまたキャッシングして賄うような流れを辞めれずにいたので借金だけは一向に減らず逆に少しずつまた増え出していました
その時も仕事で結果出して稼げば何とかなると甘い考えを変えることができていませんでした。
仕事では役職で言うと部長職にあたる階級にまで昇進しており、20代後半でしたが月給は50万ぐらいにまで上がっていました。
年収で考えても650万ぐらいになっていたので、毎月色々な欲を辛抱して返済に回すことをやっていれば借金を減らして行くことができたと思います。
会社では部下を連れて飲みに行き豪快にお金を使い、彼女にも借金の話は一切せずに見栄を張って高いレストランに食事に行ったり旅行に行ったりと今思えば本当にバカだなと思うほどお金にだらしない状況でした。
私が30代になった時に彼女が妊娠したこと判明したのでもともとタイミングみて結婚するつもりではいたので、すぐにプロポーズして入籍しました。
当時仕事がかなり忙しかったという理由と恥ずかしいからと結婚式を挙げずに、身内だけの食事会程度で済ませて、その後に子供が生まれました。
結婚式を挙げなかった本当の理由は、借金だらけで自己負担することができないと思いいろいろな理由をつけて結婚式を挙げませんでした。
子供が生まれる時に彼女と一緒に住む新しい新居へ引っ越しや入居費用などを考えた場合、その場は何とかできたとしても毎月借金の返済を考えると不安になりどうにかできないかと色々と考え出しました。
さらに転職したとしても、収入が上がる保証もなく目の前の仕事を頑張るしか無い状況だったので他の方法で借金を減らすことをネットで調べまくりました。
ネットで調べた結果「債務整理」という方法にたどり着く
子供が生まれ新居にも引っ越し新しい生活が始まり出した時に、とてつも無く不安になりこれだけの借金があり今の収入で本当に奥さんと子供を養っていけるのか?不安でたまりませんでした、誰にも相談できず抱え込み悩んでいた時にネットで同じような経験した人がいないか調べてたどり着いたのが「債務整理」という方法でした。
※その時の借金総額600万
関連記事:自己破産とは?小学生でも理解できるレベルで超わかりやすく解説
初回面談時に自分の状況や借金内容、借金した理由など事細かに話をして司法書士からの提案で個人再生を勧められたのでその場で依頼をして手続きを進めて行きました。
無事に個人再生が認められ借金の額が600万から400万ほど減額となり月の支払いも収入から無理なく払えるような計画してもらったのでこれでやっていけると思い毎月の返済を開始。
しかし個人再生から1年後、本来なら収入から無理なく返済する計画でしたが色々と出費も重なり毎月の支払いが厳しくなっていたので、またネットで色々と調べたら同じような体験をしている人の口コミなどを参考に他に手がないか調べてたどり着いたのが『自己破産』という最終選択肢でした。

エピソード3 自己破産を決断、そして借金が0になる。
個人再生でも毎月の返済が苦しく色々調べてたどり着いた『自己破産』という選択肢を考え出した時に思ったことは、自己破産したらどうなるのか?メリット・デメリットは何なのかを調べて、自分にはもうこれしか無いと考え一度相談していた司法書士事務所に改めて相談に行きました。

- クレジットカードは2度と持てなくなるのか?
- 家族、身内や職場にバレないか?
- 仕事をクビにならないか?
- 社会的な制裁を受けるのか?
- 車や住宅は買えなくなるのか?
司法書士事務所で自己破産を決意する前に色々とネットの情報を調べて自己破産のデメリットについて把握していたので、私にはメリットの方が明らかに上回っており、多少生活がしづらくなっても借金で苦しみ続けるよりもマシだと思っていたので決断することができたと思っています。
自己破産の手続きも無事に終わり同時廃止となったので1ヶ月ほどで免責が確定し借金が完全に0になりました。
借金が無くなった事でまず精神的な負担の解放がありました。気持ち的にも楽になったので、これからは二度と借金で苦しむことがないようにして行こうと心に誓いました。
自己破産の手続きに掛かる費用についてはこちらの記事をご覧ください。
エピソード4 自己破産後に取り組んだこと



毎月の返済が無くなった事で生活は楽になり心に余裕が出たので仕事に集中して取り組み収入を増やす事を考えました。
自己破産した事でクレジットカードやローンは一切使えなくなりスマフォですら現金で買わないといけない状況となり完全に現金主義の生活となりました。
とにかくまとまったお金が必要になった時にどこからも借りれない状況なので収入を増やして貯金して行く必要がありましたが、これが上手く行かず毎月給料をもらった分が無くなり貯金は一切出来ない月日が経っていきました。
収入は手取りで40万からどんどん増えて70万程まで収入は上がっていきましたが、休みなど暇ができればパチスロなどのギャンブルにお金を使ってしまったので貯金できない状況でした。
自己破産後に現金生活になる事は分かっていたので本当は貯金を増やしておきたかったんですが、ギャンブルのせいでそれができず、それでも自分が考えていたのは『仕事で結果出して収入増やせば何とかなる』と思っていたので、とにかく仕事は頑張りました。
ポジティブな思考でもあったので、仕事に打ち込み仕事でキャリアアップを実現した事で収入が年収ベースで1200万を超えるまでになりました。
自己破産から5年はクレジットカードやローンは組めないので、デビッドカードをクレジットカードの代わりとしてお店などの会計時は活用していました。
デビッドカードのおかげで仕事上どうしてもクレジットカード決済が必要な場面の時を乗り越えることができたので助かりました。
仕事では、会社の業績が好調だったこともあり年収ベースで1500万ほどまでになりました。自己破産からの再建としてはそこそこ頑張った方だと自分では思っています。
しかも会社が上場しているため株式資産も増えて資産も少しずつですが増えてきたので、後はクレジットカードが作れれば自己破産したけど完全に普通の人と同じレベルなると考えていました。
エピソード5「5年経過し」で初のクレジットカードを取得!



自己破産から5年経過した時に自己破産後でも通りやすそうなクレジットカード会社に申し込みをしました。
ヤフーカードカードを申し込んで、2日ほど待ったらなんと審査可決と表示が出たので、やっと自己破産後初のクレジットカードを取得する事ができた瞬間でした。
自己破産から5年以内に申し込んだクレジットカードの1枚目は楽天カードでした、ネットの情報で楽天カードはブラックでも審査通る等の書き込みがありもしかしたらと淡い期待で申し込みしましたが自己破産からまだ2年しか経過していなかったので、全く駄目でした。
そして、2枚目に申し込んだのがアメックスゴールドカードでした。こちらもネットでアメックスは審査基準が国内のカード会社とは違い現在のステータスを重視すると書いてあり、その時自己破産から4年目ぐらいでしたが年収も1200万以上あり自分のステータスには自信があったので申し込んで見ましたが、こちらも否決に終わりました。
関連記事:プラチナホルダーが教える、アメックスカードのメリット
1年前に否決になっていたので心配ではありましたが申し込んだところこちらも無事に審査通過することができました。
アメックスゴールドの場合、最初は30万枠でしたが、半年後には50万、1年後には120万ぐらいまで枠が増えて、その時から分割やリボ払いも使えるようになってました。 そして、アメックスゴールド取得から1年半後でしたまさかの『アメックスプラチナのインビテーション』が届いたのです!この自己破産した私がなんとプラチナインビテーションが届くとは驚きましたが、事実として現在はプラチナを取得しておりプラチナホルダーとなっています。
2013年3月に自己破産をして、現在(2019年12月時点)の状況ですが私のステータスは以下のようになっています。 IT会社経営(上場企業) 年収(役員報酬のみ2000万) 資産(株式資産と不動産資産で約2億) クレカ(メインはアメプラ他3枚ほど) 私はギャンブル(パチスロ)にハマって借金を増やしてしまった過去があり今も辞めれずにいますが、パチスロで10万、20万負けても痛くないレベルまでは稼げるようになったので、パチンコやパチスロその他のギャンブルで借金をしている方はギャンブルで稼ぐのでなく、ビジネスや仕事で稼いだ上でギャンブルを楽しむようにした方が人生破滅せずに済むと思います。 関連記事:ギャンブルが原因で自己破産した男の実話【体験談ブログ】 企業に勤めて働く事も今現在は色々な働き方があり非生産的な働き方をしている人は中々稼げなくなる時代になってきていると思います。 私も今は1日5〜6時間程度しか仕事はしていません、長い時間を働くことは無駄だど思って生産性を上げる働き方にこだわって仕事をしてきて今があるので、年収2000万稼いでも遊ぶ時間や家族といる時間がないならキツイですからね。
私は若い時、仕事がちょっとできるレベルでいい気になり周りや先輩、上司からの意見や指導を素直に聞けず自分都合のやり方や働き方をやってたり、お金に対する価値観や大事さが全く分かっていなかったので軽い気持ちで借金をしてしまい、返済に困り借金を借金で返すような事をやっていた20代、そのまま30代になり結婚や子供ができた事で初めて気づくことができて、自己破産という選択をして今があります。 ビジネスをやっていたりすると事業で借金して勝負することもあります、失敗すれば人生終わる可能性もあるなか経営者は自己責任で判断して投資をしていきます、だからこそ成功した時に大きなリターンを掴むことができます。 借金してても仕事頑張って収入を増やしどんどんキャリアアップして高いレベルの仕事ができるようになれば全く問題がなくなります。 ただ単に借金してどうしようとか思ってるだけでは何も解決しませんし、返済がどうしても無理なら債務整理、自己破産という選択を早く判断して次に進んだ方が人生は上手くいきます。 借金で苦しんでいる時に何もしないでただ現実逃避していたら今はなかったと思いますし自己破産という選択が全て正しい訳でもないと思っておますが私の場合は、正しい選択だったと今感じています。 自己破産しても人生逆転で勝ち組までなれる事を少しでも誰かに知ってもらえたら嬉しい限りです。 長いこと書いてきましたがこれで完結となります、最後まで見ていただいた方本当にありがとうございます。
エピソード6 自己破産から6年9月後の現状
最後に「自己破産を経験して学んだ事」
私は30代で自己破産してそこから猛烈に仕事に取り組み45歳にして何とか一定のステータス勝ち組とも言えると自称ですが思っています。